子ども教育の選択肢!!

知っている事が多い程、子どもの可能性を広げることが出来る!!

プロフィール

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■略歴

○幼少期

生まれは、大阪のど田舎の泉州で産まれました。泉州タオルって有名だったみたいで、私の知り合いもタオル工場を運営をしている人が多かったのを覚えています。幼少期の私は、おちゃらけた性格でよくいるお調子者キャラで生きていました。なので保育所に通っている時とかは、よく先生から怒られました。ある時粘土でみんなが作業しているのに、一人投げて遊んでいたときに先生から何度も注意をされても聞かず、ド叱られた記憶が今でも鮮明に蘇るくらいに印象に残っている出来事です。とにかくお調子者でした。

○小学生の時こんな子

小学校に入っても、お調子者は治らずに過ごしていました。すると、上級生からよくちょっかいをかけられるようになり、いびりみたいな事もたくさんされだしました。とにかくいびられるのが嫌で嫌でよく泣いていました。特に習字を習っていたんですが、その習字の時にもいろいろ言われて泣いていたのを覚えています。とにかく泣き虫でしたね。いびりも少しずつマシになって来たのが、小学3〜4年生くらいの時です。それからは比較的まじめないい子を演じて過ごしていました。出る杭はうたれるという事を学び、とにかく前に出ない消極的な性格になっていった様な気がします。それが今度は出なさすぎて、小学6年生の頃は、同級生と馬が合わず、周りから孤立する事が多くなりました。本当にコミュニケーションという意味では、上手ではない要領が悪い子どもでした。

○中学生の時こんな子

中学に入ると、一気に中学校クライシスに突入。今まで全校生徒60名程の小さな小学校だったのが、一気に400人規模の中学校へ入学。通うのもバスで通うという感じで大変でした。人数が多い中、私自身昔の経験から人から嫌われることが極端に怖いという性格に。そのため周りとのコミュニケーションが上手く行かず、いじめられる事も多くなりました。周りはおもしろ半分でやっているのだろうけど、自分は必死で作り笑いをするのが精一杯でした。いつもつらく“死にたい”と思ったこともありました。クラブはサッカー部に所属していましたが、先輩からの暴力などもあり、サッカーを純粋に楽しんでいる感覚は全くなかったです。しかし、サッカー部はやめる事無く、3年間意地でもやめなかったです。こういう部分は少し図太くなれたかなと感じた部分ですね。でも周りがとにかく怖かった。

○高校生の時こんな子

高校生になってからは、自分でサッカー部には入らないと決めていたのですが、友達の誘いから結局入部しました。高校は自分と同じくらいの学力の子が集まっていたので、楽しく過ごす事が出来ました。しかし、友人関係では悩む事も多く、いつわりの自分(自分を出せない)がいて、消極的な性格はなかなか治ることがなかったです。自分から学級委員になったり、様々なものに参加したりして積極的に動く事も少しずつですが、出来る様になりました。その甲斐もあって、高校最後のサッカーの大会では少し自分に自信が持て、周りからも認められることが多くなり、大きな自分の自信になっていきました。高校のサッカー部の友人は今でも付き合いがある本当に大切な友達です。

○大学生の時こんな子

大学は一浪して、某有名私立大学へ入学。大学4年間は正直遊びほうけていましたね。学費が高いのに、本当に申し訳なかったなと思います。しかし、海外にいったり、友達と夜通し語ったり、意味も無くヒッチハイクしたり、様々な経験をさせて頂きました。その中で、一生の友人と呼べるような友達とも出会う事が出来ました。ただ、大学では周りにすごい行動力の子達がいて、自分もその子達と関わる中で、自分も何でも出来るという錯覚に陥る事もありました。結果自分の中身って薄いということを、就職活動で痛感しました。自分は一つのことを続けるのが苦手で、性格は大雑把です。ですので、なかなか突き抜けて何かをするという事がなかったです。サッカーは続けれましたが、なんとなく続けていたという感じでした。なので、社会人になる前にこの大きな課題を克服することがこれからの人生で大事になると感じ始めたところでした。

○社会人1年目〜2年目

社会人一年目は怒濤でした。専門商社へ入社しましたが、何で好きでもない物を売らないといけないのか?という小学生じみた考え方が邪魔をして、結局一年半で転職を決意しました。同期はやめるなよと声をかけてくれましたが、自分で本当にやりたいことってなんやろう?私は何がしたいのか?っていう自分探しが治まらず、そのまま転職活動をしていました。そんな時に大学生の友人から児童養護施設にこないか?という話が来ました。私は子どもと関わる活動が好きで、大学時代も発達障害児童のボランティアをしていました。そんな中で感じた事は、自分がコミュンケーションが苦手ということもあって、人との関わり方などが苦手な子は本当にしんどいよなって事や素直に一人一人にあったサポートがあれば、どんな子も成長出来るし、変わって行くということを実感しました。ですので、様々な課題を抱えた子ども達と関われる児童養護施設への転職を決意しまいた。

○社会人2年目〜6年目

児童養護施設で働き始めると、そこは未知の世界でした。発達障害の子どもや感情コントロールが苦手な子、ADHDの子や学習障害の子など本当に様々な特性を持った子ども達が私を出迎えてくれました。そんな中で寝食を共にする生活をして行く中で、子ども達の本音に出会う事も多くなりました。いろんな子どもがいる中、皆が抱えている課題の共通点は“満たされていない”ということでした。どういうことかというと、私の子育て論の根本になる部分ですがマズローの欲求段階説の欲求が満たされていないということです。どんな子どももこのマズローの考え方の欲求が満たされているかどうかで成長していけるという考えです。この考え方は私の中で、経験した実績からも一番そうだなってしっくりくる考え方です。①生理的欲求 ②安心安全の欲求 ③所属の欲求 ④承認の欲求 ⑤自己実現の欲求の5段階説です。この欲求で言うと、①、②、③までの欲求が満たされていないと愛着障害になりやすい、言わば満たされない子どもになってしまい、問題行動をよく起こしてしまうということが多い様に感じました。この欲求が満たされない原因はさまざまな物があると思いますが、子どもにとって何よりも重要なのはこれらの①、②、③の欲求が満たされるには環境が大事だとことを痛感しました。環境が子どもを育てるというのは、私の中ではかなり大きな子育てなどを考える際の軸になっています。

○社会人6年目〜現在

そして現在ですが、通信制高校の教員を私はしています。児童養護施設で様々な経験をさせて頂き、約3年半がすぎた頃、これからの自分が何をしたいのかを考えたときに、子どもの環境を作る、育てるという部分でずっと教育分野に興味があったので、教育業界に飛び込もうと考え転職しました。そんな中で普通の全日制高校ではなく、今まで自分が全く経験した事が通信という教育の世界に飛び込みました。今までの学校の枠組みとは全く違うシステムに戸惑いながらも、様々な生徒達と日々向き合っています。通信だからこそ出来る事、通える生徒ってこんなにたくさんいるんだということにこの1年半ほどの期間で気付かされました。そして、通信での教育に不安を持っていたり、偏見を持っていたりする人も非常に多いなって感じています。通信には通信の魅力があるように、他の高等専修学校や私立高校、定時制高校、大学やインターナショナルスクールまで様々な魅力があるんだなって改めて感じました。そこで今は、働きながら日々感じた事や教育の動向、それぞれの学校の魅力や子育てについてなど、子どもをテーマにした当ブログを運営しています。

■人生で提供したい価値

私が人生で提供したい価値は、“自分にあった環境を探すお手伝いをすること”です。私はコミュニケーションが苦手だったり、一つのことに夢中になれなかったりと苦手な事や課題があります。あなたもそうだと思います。しかし、この課題を行かせる職場や働き方など、そんな自分にあった環境があるはずです。そして、それは年齢によって様々な環境があります。学校、幼稚園、保育所、大学、社会人学校など本当に自分にあった環境を探す事、これって人生を充実させるために最も重要な選択だと思っています。そのために、私が学んだ事、経験した事、調べた事などをこのブログで記事にまとめる事で、少しでも様々なお子さんが自由な選択が出来るヒントになればと思っています。個人的な子育て相談なども受け付けておりますので、ぜひお気軽にお問い合わせください。かなり長いプロフィールですが、最後まで読んで頂きありがとうございました。

 

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子育て相談コンサルタント

じゃめこ

じゃめこ

ブロガーのじゃめこと申します。子ども教育の選択肢にお越し頂き誠にありがとうございます。当ブログでは、子ども教育の選択肢ということで、変化の激しい時代において必須になってくるであろう様々な子育て情報を提供させて頂いています。あなたの悩みの解決の一助になればと思っております。 [詳細]